第57回の全日本スキー技術選手権大会は中止となってしまいましたが、デサントの選手が着用予定だったゲームウェアのデザインのポイントを、デザイナー近藤敏雄氏とパタンナー鈴木智香子氏に解説してもらいました。
トップ選手が着ることを意識して作られたウェアにはどんなこだわりが詰まっているのでしょうか。
(写真:武田竜選手)
(ライター|デサント編集部、カメラマン|矢田部裕・村本万太郎)
快適に滑るための機能性のこだわり
選手がパフォーマンスを発揮するためには、快適に滑ることができるということも重要です。機能面ではどんなところにこだわっているのでしょうか。
――デサントのウェア開発には、実際に演技をする側の選手の意見が取り入れられているそうですが、具体的にどのように開発に活かされているのでしょうか?
近藤:各選手の共通する要望は大きく分けて2つです。“パフォーマンスを最大限に発揮できるウェアが欲しい”という「機能面」に関するものと、“かっこいい・かわいいウェアが欲しい”という「デザイン面」に関するもの。機能面では「フォルム」「ディテール」「素材」の3つに注力し開発を進めています。
――まず「フォルム」のポイントから教えてください。
近藤:通常、デザインやカッティングのプロセスは平面上で行われるものですが、我々の製品は動体に1枚の生地を当てて直接的なデザインをすることで、身体の自然な動きに合わせたカッティングを可能にしています。
その効果としては、動体に直接的にデザインをすることで人体を全方位(立体的)に捉えることができ、結果適度なゆとりを感じつつも視覚的にはスマートに見える。生地の特性と型紙を連動させ、パフォーマンス時もストレスを感じにくくなっています。
実際に着用いただければ体感できると思います。視覚的に確認できる機能として、滑走時のように腕を左右に開いてみてください。裾の位置はほぼ変わりません。それもプロセスの効果の一つです。
このプロセスで制作した製品を我々は「S.I.O」(Selected/Innovative/Optimization)と総称しています。それは、長年にわたるスキーのダウンヒルやジャイアントスラロームなどのレーシングウェア開発で培った、パフォーマンスの最適化を目的とした型紙の技術がベースになっています。
レーシングウェアの開発の様子。白い風の流れが分かる。
――「S.I.O.」製品は何年頃からあるのですか?
近藤:現在の「S.I.O」概念の製品開発は、2012年から進めて2014年に製品化。製品化に向けては丸山貴雄選手にも参加してもらい、開発を進めました。
その同年度、ドイツミュンヘン開催の世界最大の見本市ISPO※で「ゴールドアワード」を受賞しました。
2014年のISPOで賞を取ったモデル。
2015年の技術選(全日本スキー技術選手権大会)では丸山選手自身が着用し、2シーズンぶりに優勝に返り咲いたときのことは今でも鮮明に覚えています。2018年平昌冬季大会ではスイスとスペインアルペンスキーチームへも採用し、高い評価を得ました。
選手も我々も結果がすべてですから、厳しい要求に応えることで実証できた「選手の優勝に結び付くウェアを作ることができた」という事実はメンバー一同の自信にもなりました。丸山選手にも感謝です。
鈴木:「S.I.O.」開発は、何度も失敗を繰り返しました。「動きやすさを取ってゆとりを作れば、袖が太くなり、かっこ悪い。」「細くすれば、上半身の力強さに欠ける」相反することを両立するために、何度も試行錯誤を繰り返した結果完成させることができました。
「見た目に違いを感じられ、さらに、着用時にストレスがなく、自信を持ってパフォーマンス向上につながる」といった選手の声を聞いたときに、うれしく、やりがいを感じましたね。
――丸山選手とデサントの関係は昔から続いているんですね。
丸山貴雄選手。
近藤:そうなんです。余談ですが、僕自身は2009年からスキー企画開発を担当し、丸山選手との出会いもその時期。互いにウェア開発を通してスキーへの想いを語り合い、今年で11年目。
出会って次の年の2010年には初優勝し、2011・2012年と3連覇。2013・2014年は上位だが優勝を逃したときには、丸山選手の競技に対する真摯でストイックな姿勢を知っているのもあり、自身を責めたのを思い出します。
その思いを糧に開発を進めた「S.I.O」。2015年にはその「S.I.O」を着用し優勝に返り咲いたこと、その喜びは言葉では言い表せない。2020年の今も「S.I.O」は進化を続けています。
2015年の技術選で優勝したときの丸山選手。
――ちなみに、S.I.Oの開発時の「厳しい要求」は具体的にどういったものでしたか?
近藤:「パフォーマンスを最大限に発揮できるウェアが欲しい」というものです。これ自体は常に目指すべきところですが、その時は先ほど述べた「フォルム」の開発を追求しました。
――特に難しかったのはどんなところでしたか?
近藤:「シーム(縫い目/切り替え)をなくし、立体にすること」です。
当時は、シームによる運動性の低下(防水処理での素材特性低下による運動性低下)改善に向けて検証を繰り返していた時期でした。この改善自体は簡単なんです、シームをなくせば良い。とはいえ、シームは立体を形成するためには必要不可欠なものです。
例えば、地球儀を想像してください。その球体を平面のパーツ(紙)で作ろうとしたら紡錘形(目型)パーツが必要です。そのパーツ枚数が少なければゆとりが多いいびつな球体になってしまい、多ければ多いほどきれいな球体に近付きます。身体という立体になれば、さらに複雑で多くのパーツが必要になる。
こういった分析から導き出された本来の課題は、「シームをなくし、立体にすること」でした。そうはいっても、何か(機能A)を立てれば、何か(機能B)が立たない。
シームを駆使し身体に無駄なく添わせる立体を形成すればシームによる問題が発生し、シームによる運動性低下を防ぐためにシームをなくせば無駄(ゆとり)が発生し運動性低下につながってしまうんです。
鈴木:まったくその通りで。つまり、実際に選手が滑るときの動きやすさを優先したしたパターンにすると、立ち姿のとき(滑っていないとき)にシワができて見栄えが悪くなってしまって。
――その課題を解決したのは何だったんですか?
近藤:それは…企業秘密です。ここで伝えられるのは、相反する機能を両立させるため仮説を検証していった結果「S.I.O」を具現化できたこと。そして、それを可能にしたのは、デサントの長年にわたるレーシングウェア開発で培った技術力だった、ということですね…。
――企業秘密ですか…。つまり、それだけデサントのウェアには技術が詰まっているということですね。
鈴木:そうなんです。やはりパフォーマンス時の動きを「S.I.O」ミニマムパターンに落とし込むということは、苦労であったと同時に、本当にやりがいがありました。
近藤:余談ですが、僕自身がデサントに入社したきっかけもこのレーシングウェアの型紙技術なんです。
空気の抵抗や流れ、各部位の運動量や可動域を考慮したシーム位置と生地地目配置。その型紙は、どこが首でどこが腕、脚なのかなど、当時自分が持っていた知識では理解できなくて。その技術に心を動かされました。
そのとき感じた「型紙の意味が持つ美しさ」は、今でも自身のモノづくりの原点にもなっています。
――デサントの型紙技術は、近藤さんに大きな影響を与えているのですね。「モノづくり」するうえで大切にされていることがあれば教えてください。
近藤:通常、要求や目標を達成するために「何が必要なのか」「何が不要なのか」を分析し仮説を立てて進めます。でも、それで生まれるモノは、「それなり」でしかないんです。それではつまらないので僕自身よくするのが、目標達成手段に条件を設けること。
ちなみに「S.I.O.」開発時の条件は、「デサントの強みを最大限に活かすこと」でした。強みというのは、レーシングウェア開発技術、特に型紙技術です。
このように「課題に条件を設け、新たな課題を導き出し、答えを探す」というプロセスを大切にしています。そこから生まれたものの持つ価値は、人をひきつける求心力を持っているというのを知っていますから。
――型紙を引く、パタンナーとして、デサントのウェアの強みはどんなところだと思いますか?
鈴木:1st企画モデル(受注生産しているハイレンジモデル)に関しては、自社開発としてDISC※の設備を活用できることと、MDやデザイナー、販促、営業の意見を聞くことができる環境があるのでユーザーからの意見を早い段階で、パターン開発に反映できることですね。
それから、実はパタンナーという仕事は「型紙を引く」だけではないんですよ。デザイナーが描く構想から落とし込まれたデザイン画の、ひと品番ひと品番の「フォルム」「素材」「ディテール」の特性を考えるところから仕事が始まります。特に「フォルム」は、「素材」により大きく影響があるので、パターン作成に反映させなくてはいけません。
それから「縫製仕様書」という、プロト開発から展示会・本生産までに必要不可欠な材料情報やサイズ情報などの資料を作成し、材料発注者や生産管理者、その先の縫製工場とも密に連携を取って。結構いろいろなことをしているんです。
――特に、スキーウェアのパターン開発をするにあたって、ほかのスポーツウェアとの違いや難しさがあれば教えてください。
鈴木:トップ選手をモデルとするアウターウェアは、「中に着ているもの(ミドラーなど)」と「人体の厚み」の両方を考慮する必要があるというのが、一般的にほかと違う点です。そのためフォルム作成を慎重に行う必要がある、というのが難しい点ですね。
――では、「ディテール」についても伺っていきたいと思います。
近藤:「ディテール」のポイントは、それぞれのジャケット、パンツのカラーの切り替えなどの視覚的機能と、ウェア内の湿度が上がることを防ぐ機能である「Breathable System(ブリーザブルシステム)」です。
Breathable System(ブリーザブルシステム)。映っているのは背中側。
これは“ピットジップ(ベンチレーション)は開け閉めが面倒だ!”というスイスアルパインチームからの何気ない一言から生まれたものです。
選手が感じる遠征の先々の異なる気候変化でのストレスや、衣服内の蒸れからくるストレスを、ディテールで軽減できないものかとメンバーと共有し、「衣服内を常にドライに保つこと」を目的に開発を進めました。
衣服内の空気の流れを検証し、運動性を阻害せず効率的に衣服内に空気を取り込めるピットジップと、効率的に排気するピットジップの位置を探しました。
結果、限界のある素材の“透湿性”を補い“通湿性”を付加し、排気を促進させることでより余分な湿度を逃して常に身体をドライに保てる答えが見つかりました。
――「Breathable System」は今年のモデルから本格的に搭載される機能なんですよね。
近藤:はい、「Breathable System」を効率的に発揮させるためにDISCでの検証を行い、2019年のスイスアルパインチーム・SAJ※・TEAM-DESCENTE※のウェアから本格採用しています。
※TEAM-DESCENTE…デサントがウェアを提供するスキーヤーたち。
同時に、「Breathable System」開発でメンバーと共有した内容と目的をディテール面だけではなく素材面でもサポートできないかと考え、低結露性に優れたダーミザクス®という生地を採用しています。こちらも2020年から1st企画の技術選モデルを含むハイレンジモデルに採用し本格展開します。
ダーミザクス®は、親水性ポリウレタン無孔膜をベースとした防水透湿ラミネート素材。特殊無孔質メンブレンは、高いレベルでの耐水圧性と透湿性、伸縮性に優れ、ソフトでしなやかな風合いを維持することができます。
そして、親水性ポリウレタンの高いレベルでの低結露性は、「Breathable System」と連動することで、目的である衣服内を常にドライに保つことが可能になりました。
――併せて寒さ対策についても教えてください。
近藤:寒さ対策としては、+5℃を実現したデサント独自の「ヒートナビ※」をほぼすべてのアウターに採用しています。
同時にその価値を長く感じていただけるような工夫もしているんですよ。それは、裏面の目で見えない部分の処理。通常中わたは、洗濯・経年使用・ストレッチなどで負荷がかかり、裏地の中で中わたが切れる問題が発生することがあります。中わたが切れればその部分には綿がないため暖かさの価値は維持できません。
それを防ぐ工夫については、企業秘密のためお話することができません。数年着用いただければその価値を実感いただけると思います。
――デザイン面に関しては、選手からどのような声があるのでしょうか?
近藤:さまざまな選手からさまざまな要望がありますよ。ただ、要望はしっかり聞きますが、聞いたふりします。(笑)
チームデサントの選手たち。20-21年モデルのウェアの撮影中。
というのも、我々は1年先2年先の製品を開発しているので、今の要望を聞きカタチにしても、それって過去のものになってしまうんです。
だから、「なぜその要望なのか、その要望の本質は何なのか」をまず見つけることに注力します。そして、その本質をトレンドや市場動向を踏まえてブランドの方向性に合わせて整理する作業を行います。
結果、そこで生まれたデザインは、「こうきたかぁー!」と選手を良い意味で驚かせたりしますね。その反応が楽しくて楽しくて。これは自身のモチベーションにもなってます。(笑)
デザインに求められる必要な機能の一つは、この求心力という見えない力。それを意識し、要望をしっかり聞きつつ聞いたふりをしています。(笑)
――近藤さん、鈴木さん、ありがとうございます。こちらで紹介しているデサントの21-22モデルのスキーウェアの一覧はこちら。
紹介したスキーウェアはこちら
<プロフィール>
左:近藤 敏雄
デサントジャパン株式会社
デサントマーケティング部門
ウィンタースポーツMD課
デザインディレクター
右:鈴木 智香子
デサントジャパン株式会社
DISC(R&D)・生産部門
企画開発部 製品開発課
パタンナー
第57回の全日本スキー技術選手権大会は中止となってしまいましたが、デサントの選手が着用予定だったゲームウェアのデザインのポイントを、デサントのスキーウェア開発を支えるデザイナー近藤敏雄氏とパタンナー鈴木智香子氏に解説してもらいました。トッ[…]