デサントがトライアスロンの強豪として知られるスイスチームと正式契約し、開発しているのはブランド初のトライアスロン専用シューズ。
今回、大阪・茨木にあるデサントの研究開発拠点を訪れ、開発現場を取材しました。
(ライター|Shin Kawase、カメラマン|Masataka Nakada(STUH))
※本記事は『Runners Pulse』の協力のもと、同媒体に掲載された記事を一部編集して転載しております。
デサントの商品研究開発拠点「DISC(DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX)」
2018年7月に開設したデサントの研究開発拠点“DISC”(DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX)。
外観に劣らぬスタイリッシュで洗練された内装の研究現場では、トライアスロンに不要なものはすべてそぎ落し、1秒でも速く走るためだけの「究極の一足」を求めて日々研究が行われています。
「DISC」での検証実験
デサントシューズチームの企画開発担当者であり工学博士である林亮誠さんと、来日したトライアスロンスイスチームのエース、アドリアン選手との最終テストの現場に立ち会いました。
デサントシューズの企画開発担当 林 亮誠(はやし りょうま)さん。
訪れたセンターで最初に行われていたのは、アドリアン選手のランニングエコノミー測定です。
ランニングエコノミーとは、走の経済性のことであり、ある走速度に対してより少ないエネルギーで走れるかを見るもの。
一般にランニングエコノミーは、最大下のある走速度(ランニング時に最大になる速さ)における酸素摂取量(呼気ガス分析装置によって測定される呼気中の酸素)と定義され評価されています。
今回は、シューズを履き替えることでランニングエコノミーが良くなるかをデータに基づき評価していました。
このテストはシューズのサンプルがアップデートされるたびに行われ、ランニングエコノミーのデータに基づきサンプルの改良が繰り返し行われます。
他ブランドのシューズでもテストされ、よりアドリアン選手にマッチし、より楽に速く走れるサンプルができるまで何度も行われており、今回の最終テストでは今までで最も良いデータが記録されました。
次に行ったのが、クライマートと呼ばれる人工気象室に入ってのテストです。
日本国内に人工気象室がある施設は珍しく、本来はアパレルの実験用で使われています。実際に人工気象室の中で何度も走行テストを実施し、そこで汗の量、足に水をかけたときの感覚など、細かい確認が繰り返し行われます。
人工気象室では、温度や湿気など天候を人工的に変えられるため、夏の暑い時期に行われるレースに備え、林さんとアドリアン選手が一緒に入って東京の夏を体感しました。
東京の真夏の天候設定があまりに過酷なため、アドリアン選手には走らせず、入るだけにしたそうです。
真夏のレースで想定される最高気温と最高湿度に設定した室内で、苦痛な表情を浮かべていたアドリアン選手。テストを終えた彼に感想を聞いてみると一言「暑いだけじゃなくて、ちゃんと息ができない。クレイジーだね。」と語っていました。
東京の夏を知らない彼が、この気象を一度体験できたことは大きいのかもしれません。アスリートは、気温だけでなく湿気とも闘わなければいけません。それを身をもって感じることができた瞬間でした。
Adrien Briffod(アドリアン・ブリフォ)※スイストライアスロン エリートメンバーとして活躍中。
次に、最終の足型計測を行いました。
これはシューズメーカーの多くで実施しているものです。手で計測して作った石こうの足型から再度計測し、より立体的な3Dデータにして最終のラスト(足型)を作ります。
足の特徴とサイズを入念に照らし合わせることで、アドリアン選手専用のラストがようやく完成します。
Motion Capture Running Test
最後に行われたのが、モーションキャプチャ(※1)とフォースプレート(※2)を用いたランニングの測定です。
ランニング測定は理想的なシューズ設計をするためには不可欠な計測の一つで、DISCにはトラックを1周できるコースも設置され、研究するうえで万全の環境が整えられています。
※1 モーションキャプチャとは、現実の人物や物体の動きをデジタル的に記録する技術。
※2 フォースプレートとは、接地中に体が受ける力を計測する装置。
最終サンプルのシューズを履いてのランニング測定は、複数のカメラとネットワークをつないで行われるため、セッティングにも時間がかかるのですが、測定前には入念に確認作業が繰り返されます。
ランニング測定前、アドリアン選手の全身に50個以上にも及ぶマーカが付けられます。これは、より正確で細かい動作まで計測するためです。
レースで着用するスイス代表チームのウェアと最終サンプルのシューズを履いて、いよいよ測定がスタート。
モーションキャプチャは、体全体の動きはもちろん、各部位、関節の動きまで細かく分析することが可能になっています。
着地の仕方、着地するかかとの位置、着地してから離れるまでの時間、着地時に作用する力など入念にチェックするため、60m走行を1本として、毎回50本くらいがテストされます。
デサントスタッフはコーチングスタッフではないので、彼のフォームについてのアドバイスはしませんが、あくまでデータとしての事実をアドリアン選手に伝え、そのデータを解析してシューズの設計を微調整します。
ランニングシューズは、走行時に着地するかかとの傾きと走行中の足の傾き(プロネーション)の度合によって、その作り方が大きく異なってきます。
アドリアン選手の走り方は前足部で着地するフォアフット走法ですが、最終サンプルはミッドフット走法(中足部)にも対応可能な「走り方を選ばない」オールラウンドタイプになりました。
アドリアン選手は最終サンプルの仕上がりにとても満足し、安心した表情をしていました。
どんなに最新機器をそろえたとしても、最終的には作り手と選手とのコミュニケーションが一番大切になってきます。その信頼関係こそが「最高のパフォーマンスを生むシューズ」になることを感じることができました。
DISCには、アパレルを中心に30人を超えるスタッフが在籍しています。アドリアン選手がレースで良い結果を出すという夢を達成するために、今日も研究が続いています。
デサントのトライアスロンシューズ「DELTA TRI OP」の誕生秘話を開発担当者に聞きました
<プロフィール>
Adrien Briffod(アドリアン・ブリフォ)
1994年、スイス・ヴヴェイ生まれ。10歳からトライアスロンを始め、2005年11歳でITUデビュー。2013年19歳のときにヨーロッパジュニアカップで初優勝以来、数々の大会で好成績を残す。現在、スイストライアスロン エリートメンバーとして活躍中。
WTSランキング:38位(2019年12月16日時点)
デサントが本気でパフォーマンスシューズを開発するべく2017年3月にプロジェクトチームが立ち上がり、まったくのゼロベースからスタートして約3年。トライアスロン専門シューズの誕生から完成までの経緯を企画開発担当者である林 亮誠さんに伺いまい[…]
