剣を片手に向かい合った相手の身体を突いて勝敗を決める「フェンシング」。
一見シンプルな競技にも見えますが、実は「フルーレ」「エペ」「サーブル」と3つの種目があり、それぞれルールも違えば、競技で使う剣も異なります。
身体を突いて得点が認められる「有効面」は種目によって異なり、フルーレは「胴体」、エペは「全身」、サーブルは「上半身」が対象。
フルーレとサーブルには「攻撃権(優先権)」というルールがあるほか、サーブルは「突き」だけでなく「斬り」も有効など、同じように見えてまったく違うスポーツです。
今回、フェンシング観戦初心者の“素朴な疑問”に答えてくれたのは、フェンシング(エペ)と近代五種競技で活躍する才藤歩夢選手。両競技において日本選手権の優勝経験を持つ、今注目の若手アスリートです。
試合の戦術や道具の扱い方、トレーニング方法などについて、一問一答でお届けします。
撮影/佐々木謙一
才藤歩夢(さいとう あゆむ)
近代五種競技の選手であった才藤浩氏を父に持ち、幼少の頃より競技を始める。五種のなかで得意とするフェンシング競技単体においても、国内トップクラスの実力を誇る。また、華やかな容姿を活かして、ファッションブランドのほか、さまざまなイベントやメディアに多数出演している。マイナビ所属。
Q1.フェンシングは3種目ありますが、選手は全種目を練習している?
いえ、一般的に1種目に絞り、ほかの種目は練習しません。私は「エペ」の選手なので、「フルーレ」と「サーブル」の練習はしていませんし、剣もほとんど触ったことがないですね。
Q2.専門の種目はどのように決める?
最初は「フルーレ」から始める方が多いようです。フルーレをある程度覚えたら、自分の特性や好みに合わせて、「エペ」や「サーブル」に移るか、フルーレに残ります。一概には言えませんが、フルーレは剣の使い方で攻撃権が変わるので「剣さばきがうまい人」がやっている印象ですね。
ちなみに私は、近代五種競技をやることが前提だったので、最初からエペを選びました。
フルーレとサーブルでは先に攻撃を仕掛けた選手に攻撃権(優先権)が与えられ、もう一方の選手は防御に回る。防御側は、相手の攻撃を阻止する(剣を払う、叩く、相手の動きを止める)ことで攻撃権を奪える。
Q3.エペ、サーブルに向いているのはどのような選手?
エペは唯一「攻撃権」という概念がなく、相手を早く突いたもの勝ちなので、リーチが長いほうが有利です。そのため背の高い人が向いていますね。
サーブルは3種目のなかで最も運動量が多いため、「フットワークが軽い人」が向いていると思います。
Q4.どのようなきっかけでフェンシングを始める人が多い?
圧倒的に多いのは「親がフェンシングをやっていた」という方です。もしくは、近くに練習場やスクールがあって、たまたま始める方もいますね。最近では、太田雄貴選手に憧れて始める方もいるようです。
Q5.種目によって剣が違いますが、戦い方にも影響する?
そうですね。重さやしなり具合、形状も異なるので、攻め方や守り方も変わってきます。
フルーレやサーブルの剣も触ったことはあるのですが、エペの剣が一番重くて固いです。
Q6.防具を着ていても剣で突かれると痛い?
すねや鎖骨を突かれて、あざができることも少なくありません…。
防具と言っても普通の服より少し厚いくらいなので、突かれれば普通に痛いですね。
Q7.剣が折れることもある?
折れることもあります。例えば、仕掛けるタイミングが相手と重なって、予想以上に相手との距離が縮まったときは、剣にも大きな負担がかかって折れてしまいますね。剣が折れるのはどの種目でも変わりません。
Q8.剣が折れないようにお手入れはしてる?
折れないためにお手入れをするわけではありませんが、剣先がスイッチになっているので、その部分を掃除することはあります。ほこりなどが詰まると、スイッチの反応が悪くて刺しても得点にならなくなるので。
私は試合前や気になったときだけですが、選手によっては練習の度に掃除している方もいます。
剣の先端にスイッチが内蔵されており、相手のメタルジャケットに強く触れることで通電し、接続された「電気審判機」が得点を判定する。
Q9.防具で全身を覆っていますが、動きづらくはない?
慣れてしまうと、重さも動きづらさもほとんど感じません。安全面を優先して通気性はそこまで良くありませんが、まったく風を通さないわけでもなく。ただ、防具を着て動き回ると暑いので、会場は冷房がよくきいています。防具を着ていないと少し肌寒いくらいですね。
Q10.大会会場ではずっと防具を着けている?
いえ、アップ中と試合時以外は脱いでいます。たまに海外の選手が、開会式のときからずっと防具の下だけはいていて驚きますね。確かに、慣れればスウェットのようなものですが(笑)。
Q11.マスクは外から顔がまったく見えないですが、内側からはしっかり見える?
はい、慣れれば見えにくいということはありません。たまにライトが反射して見えづらいことはありますが、競技に支障が出るほど見えづらいと感じたことはありませんね。
Q12.試合中はどこを見ている?
剣先も見ますが、剣先だけに集中しないよう、相手の身体全体を見ています。そうして相手の構えやクセなどを分析し、戦略を立てているんです。
試合中の選手の視界(イメージ)。
Q13.戦略はどのように立てている?
自分が得意なポジションで勝負できること、そして相手が得意な技を出せないように考えています。
対戦相手が有名選手なら事前に得意な技を研究しておきますし、初見の相手でもフォームやクセを見ながら「この技が得意だろうな」と推測しながら戦略を立てますね。
Q14.相手によってどのように攻め方を変える?
例えば、格下の相手なら確実に点を取りにいきますし、同レベル、もしくは相手が格上なら時間を使って攻めます。フェンシングは所定の点を先取するか、試合時間が終わったときに点数が多いほうが勝ちなので、試合の状況を見ながら時間の使い方も考えています。
Q15.試合の流れによって戦い方を変える?
自分が点数で負けているときは、無理をしてでも点を取りにいかなければなりません。逆に自分が勝っているときは急がず慎重に攻めます。わざと時間を使って、時間切れを狙うのも立派な戦術です。
Q16.試合中の駆け引きで意識していることは?
自らが起点となって動くことですね。相手に動かされない、相手の思い通りにならないことを意識しています。
特に海外の選手は私より大きい選手も多く、リーチで負けることも多いです。「よーいドン」で戦ったら負けてしまうので、一瞬でも速く攻めて相手を崩さなければいけません。
Q17.身体の大きい選手に備えた練習もする?
練習では、満遍なくさまざまなタイプの選手と戦っています。
例えば、フェンシングは「左利きが有利」と言われていますが、それは単純に左利きの選手が少ないために戦い慣れていない選手が多いだけです。どんな選手にも対応できるように、普段から練習を積んでいます。
Q18.試合中に剣を右手、左手と持ち替えて使い分けることもできる?
いえ、できません。右利きと左利きでは防具が違うんです。防具のチャックが左右それぞれ開けやすい位置にあるなど構造が異なるので、いかに器用な選手であっても使い分けることはできません。
Q19.フェンシングをしていて特に鍛えられる筋肉はどこ?
ずっと中腰をしているので、下半身全体が鍛えられますね。
試合中も練習中も同じ姿勢なので、自然と足腰は鍛えられます。
Q20.フェンシングではどのようなトレーニングをする?
素早く動けるようになるために、反復横跳びのような動きを前後に行う「フットワーク」の練習をします。
「フットワーク」のトレーニング(一例)。
また、剣さばきを磨くためには、身体の位置を固定して剣を交互に叩く「アームワーク」の練習があります。
ほかにも、壁に貼った柔らかいクッションを相手に見立てて突く練習もしますね。
Q21.最後に、才藤選手から見て「強い選手」とはどんな選手?
メンタルが崩れない選手です。1点取られてイライラしたり、落ち込んだりしない選手ですね。私も経験を積むうちに「1点取られただけで、気分が沈んで試合に負けるのはもったいないな」と考えるようになりました。
今では「1点取られても最後に勝てれば良いや」と思うようにしています。そのほうが気持ちが楽ですし、自分で自分を苦しめることもなくなりましたね。
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