2019年、天皇杯でJリーグが発足して以降、4部(実質)以下のチームとして初めてHonda FCは天皇杯のベスト8まで駒を進めた。
その大会では鹿島アントラーズに0-1で敗れたものの、前年にアジア王者となった浦和レッズを埼玉スタジアムで撃破した試合は、国内サッカーファンの脳裏に刻まれているだろう。
この年に限らず、Hondaは常に天皇杯でJのクラブを倒し続けてきた。今年度(2021年)は3回戦でジュビロ磐田に敗戦を喫したものの、J3のFC岐阜とJ1の横浜Fマリノスを倒してきた。
毎年、天皇杯の醍醐味とも言える「ジャイアントキリング」を起こす彼らは、プロクラブが最も戦いたくない相手と言えるかもしれない。
なぜHondaは下剋上を起こし続けられるのか。そして、なかなか明らかにされることのない企業チームの実態に迫った。
取材・文/竹中玲央奈(Link Sports)
写真/黒川真衣
社員である選手に求められているもの
鈴木雄也選手。
Hondaの選手たちは、本田技研工業の社員として日々社業に励んでいる。製造業であるがゆえに、事務方がいたり生産現場に務める選手もいたり、と部署はさまざまだ。それぞれが与えられた業務をこなしたうえで、サッカーに励んでいる。
「午前中に仕事をして、午後からトレーニングというスケジュールですね。会社があってのHonda FCなので、まず午前中にしっかり自分の部署で与えられた仕事を責任持って取り組む。それがあったうえで午後に会社の方からご理解とご協力をいただき、トレーニングをさせてもらっています。」(鈴木)
Honda在籍9年目、JFLベストイレブンにも7年連続で選出されているチームの顔、鈴木雄也は言う。
彼はいわゆる事務方であり、日々パソコンと向き合いながら社業をこなしている。そのなかで気になるのは業務量だが、多くのタスクを与えられているわけではないようだ。
「時間内にやりきれなければ、自分の上司や先輩にお願いすることもあります。でも、みなさん理解をしてくれていて、その状況でどうやって効率的に業務をこなすかは考えています。それも一つのスキルですから。時間が決まっているなかで、みんな自分なりに与えられた仕事に対して考えていると思います。
モノづくりの現場になると、より大変なところもあるかなと思うんですけど、そこも基本的に現場の方々の理解があるなかでやらせていただいて、すごく周りに助けられてるところがあると思います。」(鈴木)
松本和樹選手。
鈴木の言う“モノづくり”の現場に立つのがMF松本和樹だ。いわゆる“ライン作業”が行われる現場で業務をしているのだが、けがのリスクもあるため、ロボットやマシンを使う作業からは離れながら業務をこなしている。
そのなかで、現場の最前線の人たちはいろいろな知識やスキルがあるので、「自分の仕事の量や内容が足りないな。」と葛藤することもあるようだ。企業に属すなか、商業活動に思った以上に貢献できないもどかしさもある。
しかし、そのなかでもHondaの選手たちに求められることがある。かつて自身もHonda FCの選手として会社の業務と両立していた安部裕之監督は言う。
安部裕之監督。
「仕事はなかなかできません。でも、『半日しか働けないからしょうがないよね』ではなく、しっかりと約束や時間を守ったり。提出物の期限もそう。当たり前のことをきちんとやれる人になれよ、とは言います。
そうやって日々をこなすことで応援してもらえると思いますし、僕らサッカー部の選手に求められてるのは、その職場を元気付ける存在になることですからね。」(安部)
天皇杯は自分たちの存在意義を示す場
職場に活力を与えるという意味で、天皇杯の存在は大きい。いち従業員にとっても、自分が所属している企業のサッカークラブがプロを倒しメディアで報じられる姿は誇らしいことだ。
JFLでは常に優勝争いを繰り広げる強豪であるが、露出は少ない。そういう意味でも、天皇杯で勝ち進むことが安部監督の言うところの「職場を元気付ける」ことにつながる。鈴木は言う。
「企業チームが世の中に少ないなかで、Honda FCの存在意義は会社でも話されることがあります。『HONDA』のブランド価値向上も一つですが、周りにいる従業員の方たちには業務面で助けられているので、僕たちはサッカーを通して恩返ししなければいけない。
立場が下のチームが強いチームを倒す姿は見ていても楽しいですし、プレーしている僕たちも楽しい。それを従業員の方も期待してくれていますし、そういう意味でもHondaにとっては大きな大会だと認識しています。」(鈴木)
富田湧也選手。
10番を付ける富田湧也が「唯一Jチームとやれるなか、通用する部分が体感できる非常に楽しい大会」と形容するように、高いレベルでサッカーを続けてきた選手にとっては力試しの舞台でもある。
名門大学でプレーしてきたHondaの選手たちの多くは、プロを目指しつつも声が掛からなかった。そういう点では悔しさやプライドをぶつけられる場所とも言える。
富田と同じく流通経済大付属柏高から流通経済大に進み、Hondaに加入した石田和希は言う。
石田和希選手。
「1人のサッカー選手としては、Hondaでやっている日頃からのトレーニングや実力が、トップの選手に対してどれくらい通用するのかを測れる機会でもある。僕たちのサッカーをして勝つことでチームとしても、個人としても価値を証明することにつながると思うので、非常にモチベーションは高いです。」(石田)
彼は大学時代にJFLでプレーしHondaと戦い、志向するサッカーに魅力を感じ入団に至った。
Jのチームにはない強さの秘訣
石田は、先輩である富田と共にチームの強さの要因についても口にする。
「Hondaが持つ伝統を、今まで積み上げてきて活躍した選手が下へ伝えていく。『ホンダイズム』みたいなものは継承されている感覚はありますし、日頃のトレーニングが強さの秘訣かなと思います。」(石田)
「ハードワークを基本として、短いパスをつないで崩すスタイルがぶれないところかなと。どんな相手でもそこは崩さないです。」(富田)
そして、Hondaを強者たらしめる要因について、松本は言う。
「毎年の人の入れ替わりが多くないので、積み重ねができているのかなと思います。Jリーグのチームだと、選手とか監督が変わって全然違うチームになってしまうこともありますけど、Hondaは入れ替わりが少ないので、そこも強さにつながっているのかなと思います。」(松本)
確かに、と感じたものだ。会社としてはあくまでもメインは社業であり、サッカーではない。従業員を毎年のように複数人を入れ替えたり、単年で契約を切ったりすることでは企業としての持続性や基盤の安定につながらない。“獲得”というより“採用”に近いだろう。この点に関して、安部監督は次のように語る。
「うちでプレーをするということはホンダに入社するということだから、獲得するときに人となりをまず見るんですよ。サッカーを見て良いなと思ったら、じゃあ人となりはどうなんだ、と。当然項目があって、『ここに当てはまるかな?』という会話をスタッフ同士でもします。
だから、人間的にしっかりしていないとチームの一員になれない。僕と同期の大卒の選手も今年から管理職になりましたし、少しずつ会社のなかでキャリアアップしていく選手もいるんです。」(安部)
サッカーだけではなく、会社組織で円滑に物事を進められるかどうかも見極める。いわゆる人間性が整っているメンバーが集まるからこそ、競技をするうえでの最大の喜びである勝利という共通目標に向かってまとまることができる。鈴木は言う。
「自分として上(のカテゴリー)に行きたいと思っている選手もいると思います。そういう選手がいると目標がばらついてしまうこともありますが、ステップアップすることもチームが勝つことの延長線上にある。逆にそういう選手がいれば、勝つための方向に向かう矢印は強くなると思うんですよね。
チームが勝たないとステップアップすることもできない。そこをしっかり認識して全員がまとまれるのが、Honda FCの強さなのかなと思いますね。」(鈴木)
Honda FCにはJのクラブにはない強みと魅力がある。これからも天皇杯で断続的にサプライズを起こしてくれるだろうし、それを期待したい。
ただ、彼らがメインで戦っているのはJFLである。多くのサッカーファンは彼らがこの舞台で戦う姿を見て、強者であり続ける所以を感じ取ってもらいたい。
アマチュアカテゴリーのチームがプロを倒す姿、いわゆる「ジャイアントキリング」はファンの心を揺さぶる。サッカーの醍醐味でもあるこんな光景を、毎年のように見せてくれているのがJFLのHonda FCだ。今年で101回目となる天皇杯でも、FC岐[…]