クラフテッドスニーカーが示す“フットウェアの未来像”【シュークリエイター 五宝賢太郎×伊勢丹フロアマネージャー 田畑智康】

クラフテッドスニーカーが示す“フットウェアの未来像”【シュークリエイター 五宝賢太郎×伊勢丹フロアマネージャー 田畑智康】

  • 2021/05/17 (月)
  • 2023/06/19 (月)

五宝氏と田畑氏

著名な靴職人・シュークリエイターである五宝賢太郎氏を開発パートナーに迎え、2020年にローンチした「CRAFTED SNEAKER(クラフテッドスニーカー)」。

ビジネスとカジュアルの相反するシーンの両立をかなえる、今までのルコックスポルティフのシューズとは一線を画すコレクションに仕上がっています。

今回は、そんな「クラフテッドスニーカー」の開発背景やシューズに込められた想い、そしてフットウェア全体の未来像について、五宝氏の盟友である伊勢丹新宿店の元紳士靴バイヤー・現フロアマネージャーの田畑智康氏を迎え、お2人に話を伺いました。

「靴は道具」——靴に同じ価値観を持つ2人の出会い

――まず、お2人の関係性について教えてください。

五宝:もともと僕が生業としているのが革靴、いわゆるトラディショナルシューズですね。そしてルコックスポルティフなどスポーツブランドが手掛けるアスレチックシューズ。この2つは別モノとして捉えられているかと思いますが、僕自体は同じもの=靴として、1つの一貫性のある生活用品という考えを持っていました。

これは意外と共感されない考え方なんですけど、田畑さんにお会いしたときに、急に同じくらいのレベルの思考を持っていると分かり、「何だこの人は!」と思ったのが最初です。

社会の中における問題や社会の変化を、ファッションとは別軸で、靴というものを考えている人だなと。もちろんファッションという形態も必要ですが、災害時に歩きやすいといった社会におけるさまざまなシーンで使えるものとして、靴が1つのスペックとして必要だと再認識できました。

笑顔で話す五宝氏

田畑:プロダクトの話より、靴をどう捉えるかみたいな話を一緒にさせていただいたのが強烈に印象に残っていますね。五宝さんが今おっしゃったように、靴はファッションアイテムでもありますが、その前段階、前提としてやっぱり道具なんですよね。なのでその道具として靴をどう捉えるか、どう進化させていくかといったことが大事だと思っているんです。

僕は売り手という役割で、五宝さんは作り手というか職人さんとしての立場があると思うのですが、それぞれのパートでみんなが真剣に考えれば、もっとたくさんいろんなことができるのにと常々思っていて。お互いそれぞれの理論があって、作り手と売り手が一貫していないというか、分断されてるケースが多いんです。

でも五宝さんは、いわゆるマーケットで今何が求められているのかという売り手の視点を常にお持ちだったんですよね。

僕が思い描いていたことをお話させていただいたとき、逆に僕も五宝さんからいろいろなことを教えていただき、目線というか物事の考えていく順番みたいなものが一緒ですね、みたいな感じになって、何か一緒にできたら良いですねって話をさせていただいています。

1年のなかで五宝さんにお会いする機会ってそんなに多くないんですけどね。

クラフテッドスニーカーを持って話す田畑氏

五宝:そうそう。たまに会ったときは全国大会みたいになります(笑)。「こんな間合いでこんな言葉出してきたよ!」っていうときが彼にはありますね。

田畑:いや、僕からすると五宝さんがそうで、たまにしかお会いしていないですけど、お互い常に目線が一緒で、「五宝さんもやっぱりそこ考えてました?」みたいな。

お互いの価値観とか考え方がアップデートされていくタイミングでお会いすると、常にアウトプットする内容が濃いというか、遠く先に見ているものが同じという感じはあります。

サステナブルは手段ではなく概念

――お互い刺激し合える関係であり、自分の考えの答え合わせができるような存在だと。

五宝:そうですね。例えば、田畑さんは最初に会ったときから、今で言うサステナブルに近い考え方をお持ちで。言葉として定義付けはなかったんですけど、靴っていうのはあくまで道具だから、リユースやリペア、お客様のサポートまで含めて何かケアすれば、また履くことができると。

当時はサステナブルやSDGsのような的確な言葉がありませんでしたが、そういった持続可能な考え方を彼は持っていて感銘を受けましたね。

田畑:その話、実は五宝さんにお話する前に何人にも話したんですけど、サステナブルという定義付けも世の中で一般的ではなかった時代ということもあり、まったく共感が生まれなくて。そんななか、五宝さんと巡り会えたんです。

今サステナブルって、結局は消費者のウケを狙う言葉の代名詞みたいに使われてるじゃないですか。それはそれで別に否定はしないんですけど、じゃあサステナブルって何だ?って言われたときに、自然に優しいですよとか、土に還りますよっていう、そんな単純なものではなくて。

先ほど話したように靴は道具だと思っているので、やっぱり道具として長く使っていく可能性があって、概念がサステナブルであることが大事なのかなと僕は思っています。

あとは愛着を持って使えるか。愛車をはじめ、長く使うものって「愛」が付くものが多いじゃないですか。何を身に着けるか、何を持つかは、その人のアイデンティティの部分の映し鏡になっていくと思っていて、そういう意味での役割が靴のサステナブルにはあると考えています。

いわゆる日用品のように、毎シーズン、その日その日で変わっていくものより、1足の靴を2年3年履く可能性は高いですし。履き潰して捨てていくような考え方や商品は今後淘汰されていくと思うんですよ。

――なるほど。ただシンプルにすれば良いとか、そんな単純なものではないと。

田畑:革をなめすときに有害物質を使っていないことも、もちろん大事です。大事なんですけど、それって基本的な概念を飛ばして、もう手段に入ってるんですね。その前段階が靴というアイテムの特性上、僕は大事なのかなと思ってます。

極論ですが、すごく自然に優しい、環境に優しい素材や製法を使ったところで、半年で壊れる靴がサステナブルなんですか?っていうと、全然違うと思うんですよね。

五宝:あと、サステナブルという点で言えば、食品などは生産地や生産者など作り手が見えるけど、買い手側も見えるほうが良い。そのために伊勢丹のような売り場があるわけで、なかなかECじゃ見えてこないところがあるんですよね。

この靴はどこ製で、どんな素材が使われているかといった教養を得られる機会が売り場にはあって、そこから購買につながるかどうかは置いといて、お客さんも満足して帰ることができるっていうことも、靴を介しての一つのサステナブルだと僕は思うんですよね。

もちろんECもこれから見える化してくるかもしれないですけど、そういう可視化する部分で言うと、靴もサイズフィッティングが必要になってくると思います。

――それが愛着っていうところにもつながってきますよね。

田畑:そうなんですよ。その根底にはやっぱり気に入ってもらうことが大事じゃないですか。気に入る要素っていくつかあって、当然デザインもそうですし、あと履き心地だとか、そもそもサイズが合ってるかどうかも重要ですね。どんなにデザインが気に入っていても、歩いてるうちに足が痛くなるともう履かなくなってしまうので。

良い素材を使っていて環境に優しくても、それってサステナブルなの?という話になるわけです。五宝さんに言っていただいたように、僕らも時代の変化に合わせて売り方をどんどん変えていってるんですけど、最後はやっぱり人の手をすごく大事にしていて、売り場にも3D足型計測システム「YourFIT365」を導入しています。

単純にECが良いとか、店頭のほうが良いよということではなく、環境の変化に応じたミックスした考え方、ハイブリットにやっていくことがすごく大事なのかなと思っています。

真剣な表情の五宝氏と田畑氏

見た目はスニーカー、履き心地は革靴

――では「クラフテッドスニーカー」にも、サステナブル=愛着を持って長く履けるという考え方が注入されているのでしょうか?

五宝:そうですね。特に、安定感のある履き心地にこだわりましたね。靴は1つの履き口から真っ直ぐに履くので、強引に合わせると前のほうがずれて、ひずみが足全体に出てしまいます。それを防ぐために、今までかかとを固定していたヒールカップを取り外しました。

その代わりに、かかとの位置を調整するクリップ型のヒールカウンター「ヒールクリップ」を採用しています。

クラフテッドスニーカーを持って話す五宝氏

日本人の約80%の人が、かかとが歪んでるんですね。男性はスポーツとかで内側にひねったりするので内反捻挫、女性は内股で歩くことによる外反母趾。靴は真っ直ぐ作られているので歪んだかかとに合わせて履くと、足先がずれてしまいます。

これが「足幅が広いから、この靴は足に合わない」の原因。日本人は全然足幅は広くなくて、かかとがずれているだけなんです。それを意識させるためにヒールクリップを付けて足先にスペースを作って、万人に合うようにしています。

田畑:この靴は現在の定義で言うと、見た目はスニーカーなんですけど、履き心地は完全に革靴なんですよ。長時間履くうえでは、スニーカーより革靴のほうが全然疲れないですから。スニーカーは例えば20分のウォーキングは快適ですけど、都内を1日中移動すると足がヘロヘロになるくらい負荷がかかると思うんですよね。

五宝:技術的に言うと、革靴は本当に長く使っていけば疲れないんですよ。ミリ単位のメジャーリングで、素材が足に対してフィットしてくるように、長時間かけて靴が足になじむように作られているんですね。最初は合わないから靴擦れもするし痛いですが、なじんでくると足と靴が一体化するような、皮膚のような感覚で履けます。

対してスニーカーは、大きくて柔らかい器に足を入れるので、最初の足入れとか最高なんですよ。だいたい歩くと1〜1.5cmほど靴の中で足が動くので、小指やかかとが擦れたり、靴の素材自体が変形していって靴もねじれたりするんです。

田畑:個人的に革靴とスニーカーの違いは、家で言うと基礎がしっかりしてるのが革靴で、長時間履くとそこがグラグラしてくるのがスニーカー。別にスニーカーも全然否定するわけではありませんが、グラグラしてくるので長く履いていると足に負担がかかるし姿勢も悪くなります。

この「クラフテッドスニーカー」もそうですし、革靴もそうですけど、土台がしっかりしてるので、その上にスッと立てるという感じですかね。一瞬の履き心地はスニーカーってもう最高なんですけど、長く履くことを前提に考えたときには、革靴の技術っていうのはすごいですよね。

クラフテッドスニーカーを持って話す田畑氏

今後、靴に求められるのはエッセンシャル

――「クラフテッドスニーカー」は、革靴とスニーカーの良いとこ取りなんですね。

五宝:最初にお話ししたように、僕はトラディショナルシューズとアスレチックシューズの線引きをしていません。フットウェアというプロダクトにおいて、「クラフテッドスニーカー」は僕の考えを1つ示すことができたかなと思います。

田畑:百貨店のバイヤーっぽく言うと、このジャンルはマーケットとしてまだ空白地帯なんですよね。革靴なのかスニーカーなのかという2択でしか、今までどのシューズもアプローチをしていなかったので。その点でも新しいフットウェアとして注目しています。

五宝:今後は自分たちの生活に、靴というものをアダプトさせていかなくてはならないと思うんです。現在、靴は経済的な理由とファッション的な理由で選ばれることがほとんどです。でもそこじゃないんですよ、あなたにとって靴はもっと身近な存在なんですよ、ということを知ってほしいですね。

近い将来、靴が重要な生活用品として見直される時期がもう1回来ると思うんですよ。自分の生活において、何が一番必要か、どんな機能のどんな靴が必要なのか。言葉にするのは難しいですが、こういった本質的なことが求められるようになるのではないでしょうか。

田畑:どんどん便利になっていく社会の中で、靴の役割は今までの歩くという動作だけではなくなる可能性だってありますよね。ただ何かを履いて外に出るという行為はしばらく変わりません。人間の体が急に進化することはないので、やっぱり何か道具を身に着けなくてはいけない。靴という道具がどう進化していくか、その過程の中で機能がもっと入っていく、役割が増えていくことは絶対にあり得ると思います。

五宝さんもおっしゃったように、いわゆる本質的な部分じゃないともう生き残っていけない時代になりましたよね。サステナブルも、いわゆるウケを狙ったコピーとして使うことは簡単なんです。でも表層的な部分だけをすくっても長続きしないのがもう分かりきっている時代になったので、あらゆる部分で基礎的な部分とか本質的な部分というのが、今後はすごく大事になってくるはずです。

黒のクラフテッドスニーカー

<プロフィール>

五宝賢太郎
靴職人 シュークリエイター

1981年、徳島県生まれ。埼玉県蕨市で靴工房を営んでいた稲村有好氏へ師事し、工房を継ぐ。2009年に屋号を「グレンストック」とし、オーダーシューズ製作とリペアを専門とする自身のショップを設立。ドラマ「陸王」の足袋型スニーカーの監修を手掛けるなど、多彩に活躍する。

田畑智康
伊勢丹新宿店メンズ館地下1階・1階・5階フロアマネージャー

1982年、福岡県生まれ。地域店やプライベートブランドのバイヤー、セールスマネージャーを経て、伊勢丹新宿店メンズ館の地下1階、紳士靴のバイヤーへ。本年4月より現職を務める。仕事のモットーは「お客さまもスタイリストも心から楽しめる世界一のお買場をつくる」こと。

 

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