現在、福岡ソフトバンクホークスで活躍し、侍ジャパン日本代表でもエース格の活躍が期待される千賀滉大氏が育成選手出身であることはよく知られています。
その開花のきっかけとなった、鴻江寿治氏が提唱する骨盤の左右差が猫背型と反り腰型の体の特徴に表れていることに着目した「鴻江理論」はご存じでしょうか。
この理論を導入しているのが中学硬式野球チーム・越谷ボーイズです。チームが目指す中学生選手のパフォーマンス向上&故障予防への取り組みと「鴻江理論」との関係について、指導する金澤正芳氏に話を聞きました。
選手の健康を守る
――チームではメディカルチェックや体力測定など、選手の「体」に着目した取り組みをされています。
金澤:中学生は体の発達過程にあり、高校・大学・社会人・プロと続いていく野球の初期段階ですので、まずは土台となる体の部分を知ってもらいたいと考えています。
――野球に限らず、スポーツは真剣に取り組むほど故障のリスクが高くなりますからね。
金澤:野球は一定方向に体をひねる投球動作や打撃動作の特性上、特に肩・肘・腰への負担が大きくなる競技で、実際にそうした箇所の故障が多く起こります。それを未然に防ぐために定期的にメディカルチェックをして選手の健康を守っています。故障で野球をやめるような状況に追い込みたくありませんからね。
体の特徴を知るための「鴻江理論」
――パフォーマンスアップには障害予防と同時に「鍛える」側面も大事になります。
金澤:モチベーションにつなげるため、体力測定の数値は紙に貼り出し、成果を「見える化」します。他人との比較、過去の自分との比較ができるようにするためです。トレーニングにしても体の仕組みから説明し、野球という競技に対して理にかなったものを取り入れているつもりです。
――そのなかでチームの指導に「鴻江理論」を取り入れた理由を教えてください。
金澤:やはり「野球の勝敗の7~8割はピッチャー」と言われていますし、一部の投手が投げすぎの状態になることを回避するためにも、多くのピッチャーに育ってもらいたいものです。
ただし、型に押しつけるような指導では、一時的にはパフォーマンスが上がったように見えても、自分で考えていないので技術が定着しづらいですし、壁にぶつかったときの発展性も出てきません。
自分で技術を考えるには、まず自分の体を知ること。そのきっかけの一つになると考えて、自分は鴻江理論による「うで体」と「あし体」のどちらのタイプに当てはまるのかを知ることから始めました。
(注釈・鴻江理論) 鴻江理論とは…人の体は骨盤の開きの左右差により猫背型の「うで体」と反り腰型の「あし体」に分類され、それぞれの特徴に合わせた動作や調整法を確立したもの。猫背型のうで体は右の骨盤が閉じ、左の骨盤が開いているため、右投手であれば投げる方向に開いていきやすい。逆に反り腰型のあし体は右の骨盤が開き、左の骨盤が閉じているため、投げる方向に骨盤が回っていきづらい。骨盤の左右差、体のゆがみが各人に存在すること、それによって動作に違いが表れることは鹿屋体育大学で行った研究によって実証されている。
あなたは「うで体」?「あし体」?
体の長所を引き出す
――「鴻江理論」を提唱する鴻江寿治トレーナーは、福岡ソフトバンクの千賀滉大投手や石川柊太投手を指導することで知られています。
金澤:育成選手だった2人が一軍で活躍しているわけですからね。しかも、2人のフォームは大きく違います。その理由をインターネットなどで調べると、鴻江トレーナーがそれぞれの体のタイプに合わせた投げ方を指導しているからだということでした。
選手はそれぞれに投げやすいフォームがあると思いますし、型にはめてしまうとせっかくの長所をなくしてしまいかねません。体は人によって強い部分と弱い部分があり、鴻江理論はその強い部分を存分に活かした動作を身に付けるものと解釈しています。
自分のフォームは自分で自由につくり上げてほしいのですが、その前提となる考え方として持っていてもらいたいと感じました。
骨盤が開いている側の肩関節が内旋位を示しやすいため、それを適切なポジションに戻す役割を果たす。
左の骨盤が開いている「うで体」は左肘に、右の骨盤が開いている「あし体」は右肘に着けると効果的。
(投げ方解説)右投手で解説!「うで体」「あし体」投球フォーム
うで体は手から始動!
左腰が右腰に比べて弱く開きやすいため、右腰になるべく重心を残すことが重要。右足軸で投げる。猫背で前屈み気味であることからつま先に重心を持って始動すると安定する。腕でタイミングを取るとスムーズに動き出せるためワインドアップがおすすめ。セットポジションでも腕から始動する。軸足に体重をしっかり乗せ、テイクバックを大きく取って上から投げ下ろす。
うで体
平田春樹君(中学2年)
「僕はうで体なので重心を軸足にしっかりと乗せて投げることを意識しています。今日は肘用のベルトを左肘に巻いたことで左腕が締まって固定された感覚で、開きが抑えられ、左腕を引く力が入りやすいと感じました。着けていないときよりも力まずに投げられたと思います。」
あし体は足から始動!
左腰が右腰に比べて強く回りにくいため、左足軸で回転して投げるイメージを持つ。足でタイミングを取るとスムーズに動き出せるため、セットポジションがおすすめ。その際、反り腰であることからかかとに重心を寄せると安定する。併進移動中は左骨盤か左足スパイクの小指側のラインを捕手側に向ける。右手はできるだけ体の横に置いたままコンパクトにテイクバックし、ボールを切るようにリリースする。
あし体
田代誉人君(中学2年)
「肘用のベルトを右腕と左腕にそれぞれ着けて投げてみましたが、右腕に巻いたときのほうが投げやすく感じました。腕が振りやすくなったので、しなりが良くなった気がして、投げやすいしボールも伸びていたと思います。ベルトを着けていても投げにくくはありませんでした。」
体は骨盤が開いている側に回っていきやすい
――投球練習中も「うで体」「あし体」の自分のタイプに合わせて投げている選手たちの姿がありました。
金澤:右投手の場合、うで体は開きやすいと理解しているので、「軸足の重心を意識しよう」「左腕の壁を意識しよう」などと考えている様子があるのが良いですよね。
鴻江理論から開発された「コウノエベルト」を巻いて練習している選手も多くいて、肘用を使っている選手からは投げやすくなったという声が聞かれます。
強制しているわけではありませんので、使い続けている選手はパフォーマンスが上がっていることを実感しているんだと思います。
――鴻江トレーナーに聞くと、右投手の場合、体が投げる方向に開きやすい「うで体」は左肘に巻くことで開きを抑え、体が投げる方向に回っていきにくい「あし体」は右肘に巻くことで腕の振りをスムーズにする効果があるようです。
金澤:そうした違いが骨盤の開きの左右差に起因しているということ、そして骨盤は開いている側に回っていきやすく、閉じている側に回りづらい特徴を理解して、それを自分のタイプに照らし合わせてフォームを考えられるようになれば、どんどん成長していくと思います。
そして、自分の体に合った動きは障害を予防することにもつながるものです。鴻江理論が大きなヒントになると良いですね。
「鴻江理論」で的確なアドバイスが可能に
――選手のタイプが分かることによって指導者としてのメリットもあるのではないですか?
金澤:「突っ込み」や「開き」は投手にとってNGな動きだと捉えていましたが、体が投げる方向に回りにくい右のあし体タイプの場合には「もっと突っ込んで」「もっと左肩を回して」という言葉が有効なことがあります。選手の体の特徴に合わせてより的確なアドバイスを送れるようになりました。
――将来のある中学生選手にふさわしい指導を提供したいですね。
金澤:社会に出たときのことを考えても、自分で考えて行動することが大事です。野球もうまくなるには自分で考えること。そのためにもまずは自分の体のことを知らないと答えが見つかりません。
そのうえで理にかなった科学的な手法で取り組むことがパフォーマンスの向上にもなるし、障害を防ぐことにもつながるのではないかと思います。
<プロフィール>
越谷ボーイズ 金澤正芳監督
越ヶ谷高校―明治大学。大学時代は新人監督(学生コーチ)を務めた。1998年のチーム創設から2年間、監督を務める。2016年に再び監督に就任。17年にはボーイズリーグ春季全国大会に導いた。