13年ぶりに大きな注目を集める日本女子ソフトボール界。
そのなかでも、特に大きな注目を集めたのは上野由岐子投手のピッチングではないでしょうか。力強い投球でいくつものアウトを量産する姿に、感動と勇気をもらった人は少なくないはず。
今回は、そんな上野投手にこの13年間の想いやプレッシャーに打ち克つ力について話を聞きました。
13年前に栄光をつかんだ後、一度は引退を考えたという彼女はなぜ再びマウンドに立つ決意を固めたのか。そこにはある恩師の言葉がありました。
※本記事のインタビューはオンラインビデオ通話にて実施いたしました。
日々の練習で培った、プレッシャーに負けないメンタル
――これまで何度も大舞台に立ってきましたが、最もプレッシャーを感じるタイミングを教えてください。
試合前が一番プレッシャーを感じますね。試合に対する不安もあれば、周りからの期待がプレッシャーになるときもあります。そんなときは「任せてもらった期待に応えたい」とポジティブに考えることで、逆に力が湧いてきます。
――プレッシャーを感じるのは試合中ではないのですね。
試合が始まって、マウンドに立ってしまえばプレッシャーを感じることはほとんどありません。どんな状況になっても、私がやるべきことは目の前のバッターと対峙するだけです。
どんなにランナーがいてピンチだったとしても、バッターの苦手なコースが変わるわけでもありません。「長打は避けたいな」と思うことはあっても、アウトを取るためにやるべきことをやるだけだと思って投げています。
――どうすれば大事な局面でもプレッシャーを感じずにいられるのでしょうか?
自分を信じ切れるだけの事前準備、練習をしてきたかどうかです。「あれだけ練習してきたんだから大丈夫。これで勝てないなら、もっと練習するだけ」と思えれば、本番でプレッシャーを感じることはありません。
そのためにも、試合に向けての日々を1日1日大事に過ごしています。今日やるべきことをやって、納得して1日を終わらせる。そんな日々の積み重ねが、試合当日の自信に変わります。
――普段から自信を持って練習できているのですか?
いえ、ときには不安に押しつぶされそうなこともあります。そんなときこそ練習で不安をかき消し、自分に「大丈夫だ!」と言い聞かせてきました。良いパフォーマンスを出すためにも、自分を信じなければいけない状況だったのです。
そのような経験を積み重ねることで、いつしか自分の考え方もコントロールできるようになってきましたね。日々の練習、積み重ねが安心感を与えてくれますし、どんな状況でも自分を信じられるメンタルを作ってくれました。
「やめられるならやめたかった」目標を失い苦しんだ日々を救った言葉とは
――これまでの選手人生のなかで、一番つらいと思った時期を教えてください。
2008年に大きな栄光をつかんだ後、次の目標が見つからなかった時期です。大きな達成感と同じだけの喪失感に襲われ、一時は「何のためにソフトボールをしているんだろう」と考える日々が続きました。
どうしてもモチベーションが湧かず、一時はソフトボールをやめてしまおうと考えるまでに。それでも続けてこられたのは、そんな私を受け入れてくれたチームメイトや、期待し続けてくれた監督やコーチがいたからです。
もしも個人競技だったら絶対に競技をやめていましたね。
――2016年に新たな目標ができたと思いますが、そのときの気持ちはいかがでしたか?
いちソフトボーラーとしてうれしかったです。当時は自分が再びマウンドに立つことなど考えていませんでしたが、それでも私が北京で経験したことを、若い世代が同じく経験できることがうれしくて。
――最初はマウンドに立つことは考えていなかったのですね。
再びマウンドに立とうと決心をしたのは、宇津木麗華監督が日本代表の監督に就任が決まったからです。私がソフトボールをやめようと思ったときに引き止めてくれた監督に恩返しができるチャンスだと思い、決心しました。
――ソフトボールをやめようと思ったとき、宇津木監督にどんな言葉をかけられたのでしょうか?
「あなたがソフトボールを続けることに価値があるのだから、やる気がなくても良いから続けなさい。これからは人のためにマウンドに立ちなさい。」と言われ、気持ちがとても楽になりました。
やる気が出なくて競技をやめたいと思っていたときに「このままの自分で良いんだ」と思えたのです。もしあの言葉がなかったら絶対に引退していたので、宇津木監督には感謝しかありません。
上野投手の活躍を肘から支えた「コウノエベルト」の秘密
――スポーツトレーナー鴻江寿治氏とデサントが共同開発した「コウノエベルト」を、普段の練習から利用しているようですね。使い始めたきっかけを教えてください。
商品として発売される前に、鴻江先生に「これ良いから使ってみろ」と言われて肘用のベルトを使い始めました。別に肘を痛めていたわけでもないのですが、着けてみると不思議なことに調子が良いんですね。
ベルトを巻くだけで、自分で実感できるくらいに投球が変わりました。左腕にベルトをするだけでバランスが意識されて、左腕にベルトをしているにもかかわらず右腕の疲れ具合も軽減されるようになり、今では手放せないアイテムになっています。
――鴻江先生には、試合中もベンチでマッサージしてもらっていますよね。どんな会話をしているのですか?
限られた試合のときだけですが、腕の張りなどを見てもらって身体の状態をチェックしてもらっています。
「二頭筋が張っているから、手投げになっているぞ」など、フォームをチェックしてもらいながら、自分の投げている感覚とすり合わせてフォームを調整しているんです。
――単にマッサージをしてもらっていたのではないのですね。
そうですね。身体の状態をチェックしてもらいながら、歪みを整えてもらっています。鴻江先生に歪みを整えてもらうと、不思議と回を重ねるごとに調子が良くなるんですね。本当はすべての試合に来てほしいのですが、鴻江先生も忙しいので、その代わりになるのが「コウノエベルト」です。
私たちの身体は日々の生活のなかでも歪むので、コウノエベルトを使って歪みを矯正しています。
――普段は自分自身で投球フォームの調整をしているのですか?
はい。身体の疲れ具合などによって身体の感覚は毎日変わるので、いくつもある投球フォームからその日の感覚にあったフォームを探しています。
その日の感覚に合ったフォームを一度見つけたからといって、ずっとそのフォームで投げられるわけではありません。イニングを重ねれば疲労もたまってくるので、試合中でも身体の感覚は変わります。
普段は自分で調整していますが、鴻江先生のフィードバックがあることで、より細かい微調整ができるんです。
――コウノエベルトはチームのほかの選手も利用しているのですか?
私のチームのピッチャーはみんな利用していますね。野手で利用している方もいますし、肘のベルトのほか、骨盤ベルトなど歪みが気になっているところに使っている選手は大勢います。
――ソフトボール選手や野球選手以外に利用をおすすめするならどんな人でしょう?
テニスなど、何かを握る競技の選手には特におすすめです。
また、スポーツ選手でなくても、例えば1日中パソコンに向き合っている人などは左右バランスが崩れがちなので、ベルトを使うことで肩こりなどの不調にも効果があると思います。
ソフトボールをメジャースポーツに。2022年が転換期になるか
――大きな目標を達成したばかりですが、次の目標があれば聞かせてください。
9月から開幕戦があるので、ネットを通じて少しでも多くの人に見てもらうことです。
以前に比べてソフトボールが注目されるようになりましたが、まだまだマイナースポーツ。今の勢いを活かしてしっかりアピールしていきます。
――個人の成績よりも競技の知名度を上げていきたいのですね。
今は個人の成績に興味はありませんが、ソフトボールに注目してもらうには成果を出さなければいけません。特に私が所属する「ビックカメラ高崎」は前回の優勝チーム。今年も優勝を期待されているので、その期待には応えたいと思います。
宇津木監督が言うように、今は「誰かのために」という気持ちがあるからこそ競技を続けられています。
――将来的にはソフトボールがどれほどメジャーになるのが理想ですか?
プロ野球のようにテレビで放映され、スタジアムではお客さんが食事やお酒を楽しみながら応援する。そんな風に、みなさんに一つの娯楽として楽しんでもらえるスポーツにしたいと思っています。
そこまでメジャーにするにはまだまだ道は長いですが、来年には新リーグ「JD.LEAGUE」も始まります。これまでとは運営方法なども変わり、より競技を楽しめるようになるはず。
2022年が、日本ソフトボール界の転換点になるのを期待しています。
――ソフトボールをメジャーにするために、意識している、行っていることがあれば教えてください。
メディアに積極的に露出するようになりました。以前は自分が注目されるのが嫌いだったのですが、少しでもソフトボールをメディアで流してもらいたいと思い、できる限り取材に応えています。
特に2008年にテレビに取り上げてもらったときに、周りから大きな反響があって、私たち選手もテレビの影響力を実感しました。
もしもテレビに映る私たちを見た子どもたちが「ソフトボールでテレビに出られるんだ」と思って競技を始めてくれたら、そんなうれしいことはありません。
――テレビなどで取り上げてもらうことで、国内の競技人口は増えそうですね。
国内の競技人口を増やすのも重要ですが、将来的に世界の競技人口も増やしていきたいですね。
アジアやアメリカなど、強豪チームがいる国ではソフトボールの知名度は高いものの、それ以外の国では「野球みたいなスポーツでしょ」くらいにしか思われていません。
世界の競技人口が増えなければ、これからも国際的な競技として認められませんし、国内でしか活躍の場がなくなります。
私たちが世界の選手たちと戦い金メダルを取れたように、次の世代の選手たちが同じ経験ができるようチャンスを作りたいと思います。
――最後にこれからのビジョンを聞かせてください。
これからは私がソフトボールを通して学んだスキルやノウハウ、考え方を次の世代に伝えていきたいと思っています。今までは自分にインプットすることが最優先でしたが、これからはそれをアウトプットするのが私の役割です。
チーム内でも時間があれば育成に力を注いでいますが、教えてばかりだと自分から学ぶ姿勢が失われていくので、バランスも意識していますね。
自分たちから学ぶ意識も持ってほしいので「聞かれたら何でも答えるけど、聞かれないと何も答えないよ」とチームの後輩たちには日々伝えています。
今はチーム内が中心ですが、今後はソフトボール界全体のレベルの底上げに貢献していきたいと思います。