昨今ランナーにとって切っても切り離せない話題が、シューズ選びとフォアフットなどの走法の関係性です。シューズのテクノロジーに適した走法で走ることが、タイム短縮の近道となります。
特にカーボンプレート入りの厚底シューズは、これまでのシューズテクノロジーの既成概念を破ったシューズであり、合う走法やトレーニングも従来と大きく異なります。必ずしも、誰もが履きこなせるわけではありません。
厚底シューズと走法のミスマッチが起きれば、タイムにつながらないだけでなく、ケガのリスクが高まります。まずは厚底シューズが自分の走法にフィットしているか確認し、合わないなら薄底を含めて、今の走法に適したシューズを選ぶことが重要です。
厚底シューズに適した走法とトレーニングとはどんなものなのか、そもそも自分が厚底を選ぶべきなのか、ランニングコーチ・園原健弘氏の話をもとに紹介します。
ゲームチェンジを起こした厚底シューズ 使ううえでの心得とは
カーボンプレート入りの厚底シューズを使用したランナーが、軒並み好記録を出しています。
シューズテクノロジーの進化がタイム短縮に貢献しているのは間違いなく、今やトップランナーは、厚底を履きこなすことが勝利の「前提条件」になりつつあります。その波は、市民ランナーにも波及しています。
厚底シューズがもたらしたのは、ランニングシューズ市場のゲームチェンジです。テクノロジーによって概念を一変させました。スマートフォンや自動運転と同じような「進化」と見て良いでしょう。
ただし、今までと違う概念で作られたシューズだからこそ、走法、トレーニングも従来とはまったく違うものが求められます。
そもそも、このシューズはアフリカ系ランナーの身体特性に基づいて開発されました。メーカー側からも宣言をしていますが、必ずしも万人向けのシューズとは言えません。
特にレーシングモデルに関しては、限られたトップランナーの身体特性を分析し、よりタイムを出すためにテクノロジーが更新されていくので、おのずと扱える選手が限られてきます。
つまりランナーの身体特性によっては、フィットしにくいシューズであり、誰もがタイムを伸ばせるわけではないのです。
もし適切でない走法で厚底シューズを使うと、満足にタイムが伸びないばかりか、ケガにつながることも考えられます。
トップクラスの日本人アスリートがレーシング用の厚底シューズで好タイムを出しているのは、高度なトレーニングにより自分の走法を厚底に合わせた結果です。市民ランナーが同様に走法を変えるには、かなりの時間と技術が必要なのです。
であれば、まずはケガのリスクが低い薄底シューズを使って、厚底に適した走法の取得に取り組む。その後、走法が身に付いたら厚底に切り替えるなど、状況や段階に応じたシューズ選びが求められます。
そこで、まずは基本的な厚底シューズの構造を理解し、どんな走法が適しているのかを考えていきます。
従来のシューズと比較 厚底を履くランナーに求められる能力
シューズミッドソール内にカーボンプレートが埋め込まれた厚底シューズは、着地時のカーボンの跳ね返りによって前方への推進力を生み出しています。この推進力により、1歩あたりのストライドを伸ばしてタイム短縮につなげる構造です。
従来のシューズの場合、ストライドを伸ばすにはランナー自身が出力(地面の蹴り出し)を大きくする必要がありました。しかし、厚底は同じ出力でも、カーボンの作用でストライドが伸びる可能性があります。
一連のランニング動作で発生する最も大きなエネルギーは、着地時に起きる重力エネルギーです。厚底シューズは、そのエネルギーをカーボンの屈曲で前方への推進力に変換します。これが、厚底シューズの起こしたテクノロジー進化です。
厚底を履くランナーに求められるのは、自分で推進力を生むより、着地時に体を安定させることになります。
なぜなら、きちっと体が固定された状態でカーボンが伸縮したほうが、重力エネルギーを効率的に推進力へと変換できるからです。
厚底ではランナーとシューズの役割が逆になる
従来のランニングシューズは、着地時に受ける重力エネルギーを緩和して、足へのダメージを軽減する考え方でした。「衝撃緩和」や着地の「ブレ防止」が主な機能だったと言えます。
シューズの役割は、着地時の衝撃を和らげて、足のブレをなくし、走りの安定を生む。その後の前方推進力は、ランナー自身が生み出す考え方です。
厚底シューズはその逆で、推進力はシューズが生み出し、人間は走りの安定を担います。実際、厚底シューズは推進力に優れていますが、従来のシューズにあった衝撃緩和やブレ防止には弱い。
底が厚い分、着地は不安定になりますし、シューズが地面についてから自分の足が感覚をつかむまでにわずかな時間差ができます。
この構造は基本的な構造であり、トップのレーシングモデルになればなるほど、シューズのテクノロジーを活かすための緻密な動きが要求されます。
厚底シューズを使ううえでの走法とトレーニング
厚底シューズを使用する場合、その効果を最大限に活かす走法を身に付ける必要があります。具体的にどんな走法が合うのか見てみましょう。
厚底シューズにおける理想の走法
全身
厚底シューズを使用する場合、体全体の“安定”や“固定”が重要になります。着地時に全身が固定されているほど、エネルギーはロスなく前方へと変換されます。慣性の法則が働くためです。逆に着地時に体が揺らぐほど、エネルギーは吸収され、推進力に還元されません。
その意味で、着地時の固定を意識した走法が必要です。走る際に体を動かす部分(モビリティ)と固定する部分(スタビリティ)を認識し、特に固定する部分が動かないようにします。
以下に、体を動かす部分と固定する部分を色分けしました。
(固定する部分)骨盤周りの体幹・膝・足首・頚椎
(動かす部分)股関節・胸郭
着地
厚底シューズに向くのはフォアフット走法です。つま先から着地し、ソール内のカーボンを最大限に活かすのが基本です。
ただし、フォアフット走法は、かかとが浮くような身体特性の多いアフリカ系ランナーが得意な走法で、逆にかかと側に重心を置く多くのランナーに向いているとは言えません。
その分、ミドルフット走法やヒールストライク走法のランナーが、厚底の本来のパフォーマンスを引き出すには、確実に走法を変えていく必要があり、習得には時間がかかると言えます。
前述した通り、厚底はフォアフット走法のために作られているので、理屈としては厚底シューズに向くのはフォアフット走法です。
なお、厚底シューズは着地でブレが起きやすいため、ランナー自身が着地コントロールの技術を高める必要があります。地面に真っ直ぐ着地できないと、足首の捻挫や靭帯の故障などにつながります。
特に、靭帯系や関節にケガを負った経験のあるランナーや、その部位に不安のあるランナーは大きなリスクでしょう。故障すると完治に時間がかかるだけに、無理に厚底を使用せず、着地の安定感が高い薄底シューズを選ぶべきです。
厚底シューズを使いこなすためのトレーニング
全身
効果的なトレーニング方法としては、ファンクショナルトレーニングが挙げられます。
ファンクショナルトレーニングとは、特定の部位だけ動かして鍛えるのではなく、体全体を動かしながら、各部位の動きを確認して鍛える手法です。
ランナーの場合は、実際に走りながら動かす部分と固定する部分を意識しましょう。特に、固定部分が動いていないかチェックします。走るうちに、動かす部分と固定する部分が逆になるケースが多々あります。特に、固定すべき部分の「頚椎・腰椎」は動きやすい部位です。
逆に、「胸郭」は走行中の力みを繰り返して固くなり、動きにくくなることがあります。胸郭が固まると、周りの筋肉が本来の胸郭の動きをフォローしようと動きます。すると、本来固めるべき部位の「頚椎・腰椎」が動き、動かすべきである「股関節」が固定されてしまいます。
動かす部分と固定する部分が逆にならないよう、ファンクショナルトレーニングで全体の動きを確認していきましょう。
着地
安定的な着地をするには、接地の感覚を養う必要があります。
厚底はタイムを出すうえでは優れていますが、接地の感覚をつかむのに向いているとは言えません。練習時は薄底シューズで感覚を高めるのも一つの手段です。
特に着地ができていないと、厚底シューズでケガをする可能性が高まります。かつて衝撃吸収をうたった厚底シューズが流行しましたが、着地が不安定なランナーの故障が見られました。
安定した着地を身に付けたうえで、厚底を履くのが理想的です。
自分の身体特性とフォームを見極めたシューズ選びを
厚底シューズは、フォアフット走法や安定した着地を身に付けて初めて、その効果が発揮されるシューズです。
まだこのテクノロジーが生まれてから2~3年の歴史しかなく、完全に履きこなせるランナーは主に記録を争うトップランナーたちです。
加えて注意しなくてはならないのは、トップランナーは厚底のなかでもレーシングモデルをカスタマイズしたものを着用しており、シューズのパフォーマンスを発揮するための高度なトレーニングを実施しています。
前述した通りシューズが人に合わせるのではなく、人がシューズに合わせており、発想が今までと異なります。
故に、履けば誰もがタイムを伸ばせるわけではありません。現に現役のトップランナーでも地面をつかむ接地感が高く、自分が生み出す前方への推進力で走ることが求められる薄底のほうがタイムが出やすい選手もいます。
デサントのカーボン入りの薄底であるGENTEN ELの検証結果を見ても走速度(ランニングスピード)が約0.35m/sアップ、ストライドが約15cm伸びるという結果が出ています。
自分で生み出した推進力を無駄にしない技術は従来のシューズでも追求されており、決して薄底=タイムが出ないというわけではなく、身体特性と走法によって選ぶべき靴は変わるのです。
何より怖いのは、無理に厚底シューズを使用してケガをする可能性です。前述のとおり、従来の薄底シューズは、着地時に受ける重力エネルギーを緩和して、足へのダメージを軽減する考え方で作られています。
まずは今の身体特性と走法を客観視し、適切なシューズでトレーニングを重ねていくのが良いのではないでしょうか。
<プロフィール>
園原健弘
ランニングコーチ・実業家
1962年生まれ、長野県出身。長野県飯田高等学校卒業後は、明治大学に進み、箱根駅伝にも出場した。その後、「日本陸上競技選手権大会優勝」など大きな大会で活躍。1992年、バルセロナオリンピック日本代表に選ばれ、男子50km競歩に出場した。現在は、ランニング指導者、ウォーキング指導者として活躍し、講演活動なども行っている。明治大学体育会競走部監督
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