プロスポーツ界では、体の可動域を広げるストレッチやトレーニングが積極的に取り入れられています。この動きは、プロアスリートを目指す子どもたちの間においても盛んになっています。
そのなかでも、特に重要なのが肩まわりと股関節の可動域。今回はこの2ヶ所の可動域を広げるメリットについて、MLBやNPBといったプロスポーツの世界でフィジカルコーチを務めてきた武井敦彦さんに伺いました。
肩まわりと股関節の可動域を広げるために効果的なストレッチも教えていただいたので、ぜひチェックしてみてください。
アスレティックトレーナー
武井敦彦さん
1980年9月21日生まれ。高校卒業後、渡米。2006年よりMLBのアスレティックトレーナーとして数々の選手をサポートし、07年にはパイオニアリーグベストトレーナー賞を受賞。09年からのフリー活動を経て、11年に横浜DeNAベイスターズのアスレティックトレーナーに就任。13年、Passion Sports Trainingを立ち上げ代表に就任。ビーチサッカー日本代表のフィジカルコーチ等を務め、現在はテニス、フットサル、馬場馬術を中心に、プロからジュニアアスリートのパーソナルトレーニングや各種スポーツ医科学セミナー講師などを行う。博士課程在籍。
体の可動域が広いとどのようなメリットがある?
——そもそも可動域を広げるトレーニングが広まった理由を教えてください。
武井:以前より体の関節可動域を向上させるアプローチは多々ありました。例えば、学校教育で行われる体育において、必ずみなさんは準備運動や整理体操としてストレッチを行ったことがあるはずです。
この関節可動域を向上させる重要性をさらに世の中に広めた人物は、アメリカのストレングス&コンディショニングコーチであるマイケル・ボイル氏と、理学療法士であるグレイ・クック氏だと思います。
両氏は「ジョイント・バイ・ジョインアプローチ」という理論を考案し、人間の体は足部の関節からサンドイッチ状に、スタビリティ関節(安定性を求められる関節)とモビリティ関節(動きが求められている関節)で成り立っているということを発表しました。
肩まわりと股関節はモビリティ関節であり、それらの部位の動きを高める重要性が認知され、可動域を広げることにより、パフォーマンス向上や障害予防を行うことができるようになりました。
——肩まわりと股関節の可動域が広がることで、運動時にどのようなメリットがあるのでしょうか?
武井:まずは肩まわりについてですが、胸郭(胸椎・肋骨・胸骨で構成される骨格)の可動域を広げることで、肩関節の動きがスムーズになります。
例えば、野球やテニス、バドミントンやバレーといったオーバーヘッド競技の動きがスムーズになり、走動作(走る動き)においても自然な腕の振りができるようになるため、よりスピードに乗って走ることが可能になります。
一方、股関節の可動域が広がることで期待できることとしては、例えば走動作時に股関節がスムーズに動くことにより、効率の良い体の使い方ができるためスピード向上につながります。
また、ボールを投げるといった投動作時の地面を蹴る力、スムーズな体重移動、そしてボールリリース後のバランスを保つ能力にも直結します。
——反対に可動域が狭いことで起こるデメリットも教えてください。
武井:可動域が狭いことで起こり得るデメリットとしては、やはり“代償動作からの障害”になります。
例えば、胸郭の可動域が狭いと肩関節の可動域も低下します。しかし、人間は賢いですから、低下した肩関節の可動域を補おうと他部位(例えば首など)が代わりに働き、肩の関節可動域向上を手助けします。
その結果、首周辺の筋のタイトネスが起こり、いつも以上のハリ感だけでなく、無理して肩関節を使ってボールを投げようとするので、その結果、肩はもちろん肘や手首の怪我につながります。
また、股関節に関しては、スムーズな股関節の動きが行われないと、走動作時に体のバランスが崩れ、その結果として膝痛や足首捻挫が起こりやすくなったりします。
これは関節可動域が低下した股関節の代わりに、上肢(じょうし)※などに余計な力が入り、バランスの取れた走動作を行えないことが原因です。
※上肢:人の腕や、上腕・前腕・手までを含めて言う。
可動域を広げるにはストレッチが効果的
——では、肩まわりと股関節の可動域を広げるにはストレッチが有効なのでしょうか?
武井:そうですね。日常からのストレッチを行うことで柔軟性が高まり、肩まわりと股関節の可動域が広がります。先ほど話したように、パフォーマンス向上だけではなく、障害予防も行うことができますので、ぜひ毎日のルーティンとしてストレッチを行っていただきたいと思います。
——ストレッチを行う適切なタイミングや頻度はあるのでしょうか?
武井:適切なタイミングは、体が温かいときに行うのがベストです。例えば、運動後の体が温まっているときや、入浴後のタイミングで行うとよりストレッチ効果が表れます。
頻度については、基本的に毎日行っても問題ないかと思います。ストレッチは関節可動域を向上させることはもちろん、心身のリラックス効果もありますから、日常の活動やスポーツのON/OFFのスイッチを入れる意味でも行っていただければと思います。
【子ども向け】肩まわりの可動域を広げるストレッチ
先ほど武井さんのお話にもあったように、肩まわりの動きをスムーズにするためには、胸郭(胸椎・肋骨・胸骨で構成される骨格)の可動域を広げることが重要です。
そのため、肩まわりの可動域を広げるストレッチは、すべて主に胸郭にアプローチする動きとなります。
①ランジポジションで片腕を上げ、横にひねるストレッチ
ランジとは、足を前後に開いた状態で股関節や膝の曲げ伸ばしを行う筋トレです。このランジの姿勢、つまり足を前後に開いた状態で上半身のストレッチを行います。
「真っ直ぐ立っていても椅子に座って行っても良いのですが、ランジポジションのほうがバランスを取りやすく、より動きをつけられるためしっかり伸ばすことができます。また、同時に股関節まわりのストレッチ効果も加わるのでおすすめです。」(武井さん)
最初のストレッチは、このランジポジションで片腕を上げ、横にひねるストレッチです。上げた腕側の脇腹を伸ばすことが目的となります。
(左腕を上げる場合)まず右足を前に出し、左膝がつくまで腰を落とします。右足の膝と股関節が90度になる位置をキープ。これがランジポジションです。左足はつま先で踏ん張るより、足全体をペタッと床につけたほうが負荷をかけられます。
この姿勢で、左腕を耳の後ろを通るように上げます。そして上げた腕をそのまま右に倒していきます。腕はできるだけ力を抜いて行います。肘を曲げても構いません。
左脇がしっかり伸びていると感じるところでキープ。右側も同様に、ランジポジションを左右入れ替えて行います。
②ランジポジションで上肢をひねるストレッチ
次に紹介するのは、主に大胸筋を伸ばすストレッチです。
(右腕を上げる場合)ランジポジションから左手を右足の横について、右腕を上げます。右腕は力を抜きながらも肘が曲がらないように、真っ直ぐ上に伸ばします。
この姿勢になると上半身に自然とひねりが加わり、大胸筋が伸びている感覚があるはずです。これを左右同様に行います。
「ひねるときに右膝が外に開かないように、真っ直ぐキープしながら行います。肩甲骨をグッと中に入れるイメージで行うと良いでしょう。また、肩はできるだけ楽にして行うのもポイントです。」(武井さん)
③ランジポジションで両腕を体の後ろで組むストレッチ
次は、両腕を後ろに組んで伸ばすストレッチです。腰が反らないように注意して行うのがコツです。
まずランジポジションで、体の後ろで腕を組みます。そのまま腕を後ろに伸ばし、胸郭をしっかり広げます。腰が反らないように気を付けながら、肩甲骨を絞るようなイメージで行います。
「左右の肩甲骨を下げるというか、引き寄せるように行うことでしっかり胸郭を伸ばすことができます。また、首まわりの力を抜いて行うこともポイントです。
このストレッチは猫背解消にもおすすめ。猫背が原因で引き起こされる内巻き肩の人も、ぜひ取り入れてみてください。」(武井さん)
【子ども向け】股関節の可動域を広げるストレッチ
股関節には、前後左右に筋肉がついています。これら四方の筋肉を伸ばすことで、股関節の可動域を広げることができます。
①ランジポジションでハムストリングスを伸ばすストレッチ
まず紹介するのは、主にハムストリングスと呼ばれる太もも裏の筋肉を伸ばすストレッチです。
ランジポジションで手を床について、クラウチングスタートのような姿勢をとります。
そして後ろ足の膝を床から離し、そのまま膝を伸ばしていき、さらに前の足のつま先を伸ばします。そうすると、太もも裏とふくらはぎがビリビリと伸びる感覚があるはずです。
これがハムストリングスを伸ばすストレッチになります。左右どちらの足も行います。
「できるだけ全身の力は楽にして、この状態をキープしてジワーッと伸ばしましょう。足は力を入れず軽く支えている状態。さらに伸ばしたい場合は、腰の位置をもう少し後ろにするだけでOKです。」(武井さん)
②ランジポジションでクアドを伸ばすストレッチ
次はクアド※を伸ばすストレッチで、特に太ももの前についている筋肉に作用します。
まずランジポジションから、両手で後ろ足をつかみます。そのまま後ろ足を持ち上げて、かかとをお尻につけていきます。お尻につかない人は、できるだけお尻に近付けた状態をキープしてください。
これがクアドを伸ばすストレッチで、後ろ足側の前ももが伸びていることが分かるはずです。左右どちらの足も同様に行います。
※クアド:大腿四頭筋(内側広筋・外側広筋・中間広筋・大腿直筋)を指す。
「この姿勢を取るためにはバランスが必要です。左足を持ち上げる場合、左足でバランスを取ろうとすると崩れてしまいます。ポイントは右のお尻まわりの筋肉を使うこと。右のお尻を使って、左のももを伸ばすイメージです。
どうしても左右にぐらついてしまう人は、後ろ足を片手で持って行いましょう。そのうち骨盤が安定し、上手に筋肉を使えるようになるので、両手で持てるようになるはずです。」(武井さん)
③股割りで両かかとを両手でつかむストレッチ
最後は立った状態で行う股割りストレッチを紹介します。股割りは相撲の力士が稽古で取り入れている運動で、股関節を柔らかくするために効果的です。
まず足を肩幅の2倍くらいに広げ、膝が前に出ないように気を付けながら腰を落とします。そして足のつま先を外に向け、かかとを広げていきます。これが股割りです。
この状態から、右手で右足のかかとを、左手で左足のかかとをつかみ、かかとが浮かないように気を付けながら体を左右に動かします。
このストレッチを行うと、内転筋(太ももの内側の筋肉)が伸びていることが分かると思います。
「かかとをつかめない人はできるところから始めてください。また、なかなか腰を落とせないという場合は、誰かに手を持ってもらったり、壁に手を添えて行うと良いでしょう。
これは内もものストレッチですが、股関節のトレーニングにも最適です。内転筋に柔らかさと粘りがないと、スポーツ時の切り返しの動きがうまくできなかったり、テニスのスイングなどが手打ちになりやすかったりします。
競技パフォーマンス向上のためにも股関節のストレッチは重要なので、ぜひ取り入れてみてください。」(武井さん)
可動域を広げるとパフォーマンス向上と怪我の予防につながる
今回はアスレティックトレーナーの武井敦彦さんに、子ども向けのストレッチを紹介していただきました。肩まわりと股関節の可動域を広げることの重要性が分かったのではないでしょうか?
「関節可動域が低下すると他部位で代償動作が起き、その結果、スムーズな体の使い方が行われないばかりでなく、怪我の原因にもなります。日常からストレッチを行うことにより、パフォーマンス向上だけでなく、障害予防も行うことができるので、ぜひ毎日のルーティンとしてストレッチを行ってください。
また、子どもにとって周りの大人からの理解や応援がとても心強いと思います。子どものスポーツに関わっていらっしゃるみなさんも、ぜひ関節可動域を向上させるメリットを理解したうえで、子どもたちと楽しみながらストレッチなどに取り組み、ご指導いただければと思います。」(武井さん)
参考資料
Clark, M.A., Lucett S.C., McGill, E., Montal, I., & Sutton, B.G. (2018). NASM Essentials of Personal Fitness Training. (6th ed.). Jones & Bartlett Learning.
Gray, C. (n.d.).Gray Cook: Expanding on the joint-by-joint approach, part 1 of 3. https://www.otpbooks.com/expanding-on-the-joint-by-joint-approach-by-gray-cook-part-1-of-3/,2022
McGill, E. A., & Montel, I. (Eds.). (2019). NASM Essentials of Sports Performance Training. Jones & Bartlett Learning.
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