1年で最も早くスタートするスポーツの祭典「ニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝競走大会)」。
2021年は富士通が優勝に輝き、次いで2位にトヨタ自動車、3位に旭化成と続きました。今回はこのトップ3チームの陸上部の監督が対談する機会を実現。
陸上競技の魅力に加え、ケア方法など一般ランナーへのメッセージもいただいたので、日々ランニングに精を出している方は参考にしてみてください。
最後には、「ニューイヤー駅伝」のお話もお聞きしました。ぜひご覧ください。
<プロフィール>
富士通:福嶋 正 監督
富士通陸上競技部監督。高校卒業後、同社に入社し選手として活躍。1999年にプレイングコーチに就任し、翌年1月のニューイヤー駅伝で4区を走り初優勝に貢献。2002年にコーチに専念、2004年より富士通陸上競技部監督を務める。
旭化成:宗 猛(そうたけし)総監督
旭化成陸上部監督。高校卒業後、同社に入社。当時の日本男子マラソンビッグ3として活躍し、マラソン界をリードする。選手引退後は副監督を経て、2008年に旭化成陸上部の監督に就任。2014年からは総監督を務める。
トヨタ自動車:佐藤 敏信 監督
トヨタ自動車陸上長距離部監督。高校卒業後、現在のコニカミノルタに入社し長距離選手として活躍。1995年にコニカミノルタ陸上競技部コーチに就任し、ニューイヤー駅伝で6回の優勝を達成。2008年にトヨタ自動車陸上長距離部監督に就任。
激闘を繰り返す富士通、トヨタ自動車、旭化成3監督も、実はプライベートではLINE飲みする仲の良さ
――普段は会社を背負って熱戦を繰り返すお三方ですが、プライベートでは仲が良いらしいですね。どのようなやりとりをされているのですか?
福嶋:もう数十年の付き合いになりますが、今でも定期的にLINEなどでやりとりしています。
佐藤:コロナ禍で、世間でリモート飲み会が始まったとき、宗さんからすぐLINEグループの誘いがありましたが、私と福嶋は無視してしまいました(笑)。でも、福嶋が言うように普段からLINEなどでやりとりしていますよ。
宗:2人とも冷たいんですよ(笑)。LINEのほかにも、ときには電話でチームの状況などを聞くこともあります。
――すごく仲が良いんですね。現役時代から切磋琢磨するなどの付き合いがあったのでしょうか?
旭化成:宗 猛(そうたけし) 総監督
宗:私と福嶋は13歳差で年齢的に入れ替わりだったので、現役で一緒に走ったことはありません。佐藤とは10歳差なのでレースで一緒になったこともありましたが、当時の私は選手としてのピークは過ぎていました。そのため、切磋琢磨ということはありませんでしたが、機会があれば話していましたね。
トヨタ自動車:佐藤 敏信 監督
佐藤:宗さんと初めて話したときのことは覚えています。北京マラソンの遠征に一緒に行って話をさせてもらい、帰国してからもいろいろと勉強させてもらいました。
富士通:福嶋 正 監督
福嶋:私は旭化成の合宿に行ったことが縁ですね。当時は旭化成が断トツで強かったので、ほかのチームの選手たちもみんな武者修行しに行っていました。当時は、宗さんが旭化成の監督をしながら陸連の長もしていたので「みんなで強くなろう」と歓迎してくれたんです。
当時は、自分のチームより旭化成にお世話になっていたくらいです。私だけでなく、その年ブレイクする選手はみんな旭化成の合宿に参加していました。私が現役を引退して指導者になってからも、宗さんに教わりながら富士通も強くなってきましたね。
宗:当時の旭化成にはとても懐の深い部長がいて「旭化成ばかり強くてもだめだ。もっとほかのチームと一緒に強くなろう」と、ノウハウをオープンにし、合宿にも参加できるようにしたんです。そんな時期に2人とも出会い、今では監督として競い合っているのですから縁を感じますね。
3監督とも選手時代から関わり続ける陸上競技の魅力とは
――改めてになりますが、ご自身も競技をされていたみなさんにとって陸上、特に長距離競技の魅力について聞かせてください。
佐藤:どんな競技も努力なしには成果を出せませんが、長距離競技ほど如実に努力が成果につながる競技はないのではないでしょうか。走るという単純な競技だからこそ、努力した人が勝てる面白い世界です。また、人を集めなくてもお金をかけなくても、1人で黙々と練習して成長できるのも魅力だと思います。
福嶋:佐藤さんの言う通り、自分でコツコツ練習すれば自分が願っているステージに近付けるのは陸上の魅力です。最終的なゴールは世界で勝つことかもしれませんが、自分でゴールを決めて、そこに向けて計画を立てて実行する。そうやって一つひとつ夢をかなえていく達成感が大きな楽しみではないでしょうか。
宗:練習の成果がそのまま試合で見られるのは良いですね。「良い練習をして良い結果を出す」それができたときは満足感がありますし、練習してきて良かったと思えます。
逆に、あまり練習しなくても成果が出るときもあるんです。記録が出るのはうれしいんですが、いまいちすっきりしない。やはり自分で目標を決めて、そこに向けてトレーニングをしてイメージ通りの結果を出す。その瞬間が陸上をしていて一番楽しい瞬間です。
駅伝も一緒で、いろいろなことを考えながらオーダーを決めて、戦略通りにレースが展開されると「してやったり」と思いますね。その瞬間こそ駅伝の醍醐味です。
――監督をしていてやりがいや心が動くようなときがあれば教えてください。
宗:選手が予想以上の走りをしてくれたときですね。私たちも「この選手はこれくらいの走りをしてくれるだろう」と予想しているので、予想通りの結果が出たときにうれしくはあっても感動はしません。むしろ強くない選手であっても、しっかり調整して本番で予想以上の結果を出してくれたときには感動しますね。
佐藤:確かに、想定している以上の結果が出たときは感動しますね。以前トヨタ自動車の3連覇がかかっている大会で、ケニア人選手が2区で大ブレーキして順位を大きく下げてしまったときがあったんです。
「今年は入賞するのは難しいな」と諦めてかけていたとき、大石(大石港与選手)が3区で20人抜きをして最終的に2位でゴールしました。本当は監督が感動してはいけないんでしょうけど、正直あのときの大石の走りには感動しましたね。
――ドラマが起きるとテレビの前で見ていても感動しますね。お三方ともベテランの監督ですが、選手たちとのコミュニケーションで意識していることがあれば教えてください。
佐藤:最近は選手たちとの年齢も離れてきたので、コミュニケーションを取るのも難しくなってきましたね。もはや自分の息子よりも下の年齢の選手もいるので、昔のようにコミュニケーションを取るのは正直厳しいです。
もちろん、ポイントは直接伝えていますが、普段のケアについてはコーチやスタッフなどを通して伝えることも多いです。年を重ねるごとに、コミュニケーションについても模索していかなければいけませんね。
福嶋:私自身が大雑把な人間なので、逆に部下たちがしっかり選手たちとコミュニケーションを取ってくれています。以前はすべて自分でやろうとしていましたが、選手たちとの年齢も離れてきたので、うまく部下たちと連携しながらコミュニケーションを取るようにしていますね。
宗:強くなる選手は自分で考えて強くなっていくので、強い選手ほど手もかかりませんし、少ないコミュニケーションで事足ります。そういう意味では、旭化成は強い選手が多いので、あまりコミュニケーションで意識することはありませんね。
「日頃から自分の脚に触れてほしい」実業団選手にも伝えるランニング、トレーニングにおける脚のケア
――市民ランナーの読者もいるので、ランニングの参考になるお話も聞ければと思います。実業団の方と同じようなトレーニングをするのは難しいと思いますが、市民ランナーの方でもできるケアなどはありますか?
宗:これは実業団の選手にも言っていることですが、まずは自分の脚に触って状態が分かるようにしてほしいですね。日頃から脚に触っていれば張りの状態や、筋肉が固くなっている場所から脚の状態が分かるはずです。もし張っているなら風呂でマッサージをするなどして、故障しないように走り続けてほしいと思います。
選手にも脚を触るよう言っているんですが、最近の選手は状態を聞いても「トレーナーがこう言っていました」と言うばかりで、自分の身体のことを自分で把握していない選手も多いです。自分の身体のことは、自分で分かるようにできると良いと思います。
私が現役のときはトレーナーなんていなかったので、自分たちで身体のケアもしていたものです。私もよく兄貴とお互いにマッサージをしながら、厳しい練習でも故障せずに乗り切ってきました。
佐藤:一口に市民ランナーといってもレベルはさまざまなので、自分に合ったトレーニングや時間帯を見つけて無理せず続けてほしいですね。平日は仕事があるので短い時間しか取れないと思いますが、土日に距離を伸ばしたり、休息のためにバイクや水泳を活用したり。
練習の負荷が強くなれば、どうしても故障はつきものです。今はネットで簡単にさまざまなケアの方法も調べられるので、自分に合った方法を見つけて継続していくことが重要だと思います。
福嶋:走った距離ばかり気にする人もいますが、何のために走るのかしっかり考えると良いですね。健康のために走るなら走りすぎも良くありませんし、目標にしているタイムがあるなら、どうしても距離を重ねる必要があります。何を目指すかによって練習方法も違ってくると思うので、怪我なく続けられるようなケアをしてください。
ニューイヤー駅伝本番まで残りわずか。富士通、トヨタ自動車、旭化成3チームの意気込みを聞く
――監督たちの駆け引きが炸裂する「オーダー決め」ですが、それぞれ駅伝のオーダーはどのように考えているのでしょうか?
福嶋:陸上部のスタッフ陣で相談しながら、各選手の強みを一番発揮できるようなオーダーを組んでいきます。適材適所な配置ができたときは強いですし、戦略が成功して成果につながったときはスタッフ一同喜んでいます。
また、ライバルチームもいるので、自分たちの選手だけでなく他チームの選手の状況も読みながらオーダーを組まなければいけません。
大会が近くなると、よく宗さんから電話がかかってきて「あの選手は調子どうだ?」なんて聞いてくるんですよ。「どうでしょうね。」なんて返すのですが、聞かれるとつい反応しちゃって心が読まれているみたいです(笑)。
宗:福嶋は読みやすいんですよ(笑)。佐藤はなかなか本音を出さないので、読みづらいですね。
今年(2021年)のニューイヤー駅伝の富士通のオーダーは事前に「こんなオーダーがきたら厄介だな」とイメージしていたものがあったのですが、実際にオーダーを見るとその通りのオーダーだったので、「今年の富士通は非常に手強いな」と思いました。
――最後に来年のニューイヤー駅伝への意気込みを聞かせてください。
福嶋:私たち富士通は連覇がかかっているので、チーム一丸となって優勝を目指して頑張りたいです。
今年は大きなスポーツの祭典もあって、私たちのチームからも複数の選手が出場しました。大会も終わってチームみんなでニューイヤー駅伝に向けて集中しているので、監督として適材適所な配置ができるように頑張りたいと思います。
選手だけでなく、スタッフも合わせて総合力をぶつけなければ勝てない大会なので、その本気さをチームで共有して連覇に向けて頑張ります。
佐藤:チームはここ数年、優勝争いはしてますが優勝を逃しています。それは不調の区間があったり、トップグループの流れに乗れていないのが原因だと思います。今年は万全な状態で当日を迎えたいです。
優勝のチャンスはあると思います。今(取材当時)は故障している選手も多いのですが、ここからニューイヤー駅伝本番に向けてチーム力を高めていきます。
今年は例年以上の混戦になると予想されるので、最後は勝利への想いを強く持っているチームが勝つでしょう。選手たちがそういう想いを強く持てるように、これから大会に向けてチームを盛り上げていきたいですね。
宗:今年敗れた富士通とトヨタ自動車にはどうしても勝ちたいですね。そのためにはそれぞれ選手個人がベストな状態でスタートに立てるかが重要です。ほかのチームもこれから本番に向けて気持ちを上げてくるので、横一線の戦いになると思います。
そのなかでも、しっかりオーダーを組んで、どこかで抜け出せれば勝機は十分にあります。しっかり元旦に照準を合わせて優勝するつもりで調整していきます。